前回の「イノベーションを起こすための仕組みに迫る(前編)~シリコンバレーではなくボストンを参考にすべき理由とは~」の続きです!北米三菱商事ボストン支店の支店長である木谷さんにインタビューをし、前編では西海岸と東海岸のカルチャーの違いや、ボストンのエコシステムに注目すべき理由について教えていただきました。後編では、イノベーションを起こすための組織論や、今注目している産業分野、日本のエコシステムへの期待などについて伺っていきましょう!
アメリカと日本で、企業内イノベーションの起こし方・プロセスにどのような違いがあるのか教えてください!
まず、イノベーションには3つの種類があると言われています。
1つ目は、効率化するためのイノベーション。効率化することで余力を生み出しますが、それで売り上げが伸びるわけではありません。でも、自分たちが今まさに感じている問題を効率化するので、非常にわかりやすい。
2つ目は、自社の領域の中での成長拡大のためのイノベーション。これはライバルとの競争に勝つためのものです。
3つ目が新しい領域を開拓するためのイノベーションであり、厳密にはこれが本当の意味でのイノベーションです。
それぞれのイノベーションで、どのようにコントロールするかのノウハウ・ナレッジが異なります。
1つ目の効率化については、何を効率化したいかが分かりやすいため、目標を設定し、そこまでのプロセスを考えてPDCAサイクルを回すことが可能です。
これに対して、2つ目、3つ目になると、イノベーションのための管理手法が必要です。日本の大企業の多くは、事前にきっちりと設計を書いた上で、そのとおりに実行しがち。
しかし、例えばシリコンバレーの場合は、世の中にまだ見えていないものを生み出すことを最大の価値としており、誰もやったことのないものは試してみるしかありません。デザイン思考で課題を抽出して、アジャイル開発で行ったり来たりを繰り返しながらどんどん良くしていくっていう、こういう発想もイノベーションには必要。
以前より言われていることですが、事前にしっかりと計画をつくるPDCAサイクルに対して、OODAループ(観察→状況判断→意思決定→行動)は、大体の方向付けをして、とにかくやる。で、ちょっと違ったらまた元に戻ってぐるぐる回すという手法。例えばコロナ禍のように、世の中の動きが激しく、誰がどうなってどういう業界になるか分からない中では、とにかく動くことが重要。ただ座しているだけだと死んでしまう可能性もあります。
シリコンバレーではOODAループ、日本ではPDCAサイクル的な思考プロセスが浸透しているという理解でしょうか?
その区分けは適切ではないと思うのですよね。企業であったら両方を持っている必要がある、両方が望ましいという整理をしています。要はですね、よく軍隊の例を使うのですけれども、米軍の歴史っていうのは実はイノベーションの教科書になっているのです。
第二次大戦までは正規軍vs正規軍で、司令部などの偉い人たちを倒せば勝つことができました。しかし、ベトナム戦争ぐらいから、正規軍が物量を投入しても、ゲリラはどこから出てくるか分からず、勝つことができなかった。さらに難しくなったテロとの戦いです。どこで何が起きるか分からないし、それらが連携しているかも分からない。リーダーらしき人物が分かっても、ナンバーツーが何人いるかは分からない。こういう敵と戦う場合には、正規軍は役に立たないのです。そこで、力を入れ始めたのが特殊部隊。少人数で、現場で判断できて機動的に動ける人たちです。
会社も同じだと思います。正規軍である事業部は、事前に定めた計画どおりにビジネスを進めることに長けています。しかし、予想外のことに対処したり、見通しが立たない中で何かを始めるには、機動部隊の方が適しているでしょう。正規軍と特殊部隊では必要なスキル・能力が異なり、正規軍の管理手法に基づいて判断してしまうと、特殊部隊を正当に評価できません。これは日本に限らず、大企業一般が抱える課題だと思います。常にアンテナを張りながら動ける部隊と、巡行速度できっちりミスなくやる部隊がスムーズに連携する仕組みが理想的です。
木谷さんが現在注目している産業分野を教えてください!
やはり気候変動ですね。数年前から注目されている分野ですが、三菱商事としては、去年の10月に会社としてカーボンニュートラル宣言を出し、新しい中期経営計画の中もEX(エナジー・トランスフォーメーション)を打ち出しました。
気候変動の場合、この2年くらいで世の中が一気に変わったので、弊社の事業部も急ピッチで取組を加速しました。ただし、世界的にはまだこれから2030年、2050年に向けて取組を進めることになります。ビル・ゲイツ氏が立ち上げたファンド「ブレイクスルー・エナジー・ベンチャーズ」は、気候変動問題に取り組むスタートアップに巨額の投資をしていました。だけど、スタートアップに投資するだけでは時間がかかりすぎるということで、革新的な脱炭素技術の社会実装を加速させる新たな取組「ブレイクスルー・エナジー・カタリスト」を始動し、三菱商事も参画しています。
狙いとしては、普及のための喫緊の課題としてコストが問題となっているものについて、大規模な資金を供給して競争力のあるレベルまで持っていくということ。例えば、サステナブルな航空燃料や、太陽光・風力による電力供給をコントロールするための安価な蓄電池、CO2を排出せずに水素を取り出して運搬するためのサプライチェーン、空気中から直接CO2を抜きとるダイレクトエアキャプチャーなどの開発をターゲットとしています。技術はある程度確立しているものの、コストが高くて商業化が進まないものについて、最初に参入してコストを下げるという発想です。
あと、注目している分野としては、軍事技術、いわゆるデュアルユーステクノロジーです。例えば、iRobotの掃除機「ルンバ」やiPhoneのSiriなどは軍事技術から生まれたものです。もしかすると、軍のペインポイントは、中長期的には民間ペインポイントかもしれません。アメリカにあって日本にないものが軍なのです。
アメリカでの12年間の経験を踏まえて、日本のスタートアップエコシステムやイノベーション創出の環境をどのように見ているか教えてください!
結構いろいろな取組を積極的にやっていると思います。東京はボストンやシリコンバレーのレベルじゃないぐらい巨大な一方で、狭い地域の中に押し込められているため、物理的な問題は少し整理した方がいいのかなと思います。逆に、東京に密集しているからこそ、意図的に人と人をつなぎやすいとも言え、それをどうデザインするかが重要です。
あとは、ここ5年くらいで、若い人たちがずいぶん変わってきているという印象があります。以前は、日本のスタートアップにアメリカでのビジネスを勧めても尻込みしていましたが、最近ではそこはすごく変わってきていると思います。
過去30年くらいで何度かベンチャーブームがあり、その失敗事例を見ている人からすると、起業には拒否感がある。だから、次世代の起業家を育てるには、成功者たちがメンターになって後進を育てるサイクルが重要であり、それはあと一歩のところまできているのかもしれません。
最後に、ボストンやシリコンバレーのエコシステムは今後どうなるのか、未来予想を教えてください!
ボストンやシリコンバレーに限った話ではありませんが、アメリカ以外でもあちこちにエコシステムができています。ウーバーやアマゾンも全世界を制覇しているわけではなく、それぞれの地域でご当地版のライドシェアやEコマースが根を下ろしています。その地域の人たちが抱えるペインポイントを理解してビジネスに落とし込むのは、やはり現地の人たちが有利です。
ハードテックについては、これまでの蓄積と、物理的なラボなどのインフラが必要になるため、それほど簡単には地殻変動が起きることはないかもしれませんが、デジタルについてはもう誰でもどこでもできます。だから、日本を含めてあちこちでエコシステムが成立し得るし、その流れは止まらないだろうと思います。
しかも、コロナ禍が落ち着くに従って、やっぱり物理的に人と会う方がいいよねという雰囲気にだんだんなってきているような感じはするものの、それでもリモートでもある程度できることが実証されたため、エコシステム間の競争は今後ますます激化するでしょう。
そんな中で、日本の強みとしてまず考えられるのは物づくり。「良いものは良い」という待ちの姿勢ではなく、世界中にちゃんとマーケティングしていくことが重要です。デジタルについては、日本のビジネスアイディアが世界でも通用したということが、実は結構あったと思います。それこそiPhoneが出たときには、ドコモのiモードも同じことをやっていたものの、グローバル展開を考える力の差から負けてしまった。日本の高齢化社会に向けたペインポイントの掘り下げについても、世界的なビジネスチャンスになるかもしれません。
日本はイノベーションについてチャレンジは多いですが、若い世代はすごく幅広くアンテナを張っているし、好奇心も持っている。これからマインドセットの部分が変わっていくだろうと思います。
今回は、前編・後編の2回に渡って、北米三菱商事ボストン支店の支店長である木谷さんにお話を伺いました。如何だったでしょうか?木谷さんや私たちへの質問があれば、是非問い合わせフォームをご活用ください!記事が良かったらシェアをお願いします!
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