自己紹介をお願いします
成瀬勇輝です。現在ON THE TRIPという会社を経営しています。日本中のお寺や神社、美術館、街全体のオーディオガイドを作ったり、観光施設のブランディングを手がけたり、リニューアルに関わったりしています。オーディオガイドは多言語で手がけていますので、現在の訪日観光客の増加に伴って需要が伸びています。
私たちのガイドは、まるで映画を見るような体験を提供できるように、クリエイティブの質にこだわっています。例えば、小豆島にある妖怪美術館。この美術館を、妖怪が話しかける美術館にリブランディングし、入館者は歩きながら妖怪が話しかけてくるという体験をプロデュースしました。これまでに200以上の施設、地域に対して、こうしたガイド作成のお手伝いをしています。
ビジネスモデルとしては、施設から制作費をいただいてこうしたガイドを作るものもありますが、注力しているのは入館料の値上げによる成果報酬です。
といいますのも、海外に行ったことがある方は想像がつくと思うのですが、日本のお寺、神社、美術館の入館料は大変安いです。たとえばスペインのバルセロナにあるサクラダファミリアは、オーディオガイドセット込みで入場料が26ユーロ、日本円にして約4300円です(1ユーロ=165円の場合)。一方、京都の清水寺は500円。8倍以上の値段の違いがあります。同時に、ヨーロッパに行くたびに教会や博物館、美術館のすべてにオーディオガイドが導入されていることを強く感じますし、それらは入館料の中にインクルードされていてユーザーは無料で使えます。
日本の観光施設では、金額が安いために入館者への付加価値を付けられないし、付加価値をつけられないために入館料が安いままだという悪循環が起きています。そこでそうした施設と一緒になって、私たちがオーディオガイドやその他のクリエイティブな体験を投資として全て無料で作って提供します。その代わりに値上げをしていただき、値上げして増加した分の収入をシェアする取り組みをしています。
先の妖怪美術館は、元々入館料が2000円でした。それを先ほどのような体験を作り、リニューアルオープンした際に入館料を2900円に値上げしてもらいました。にもかかわらず1年間で入館者数が3.6倍に増えました。また妖怪グッズなどのお土産も作って販売したところ、年間売上が11倍に増えたのです。こうした仕掛けを現在日本中の様々な施設と作っています。
オーディオガイドの他には、妖怪グッズのようにお土産を作る話が増えてきました。最近では、お寺や神社と一緒にお守りを開発しています。また水族館と絵本を作ろうともしています。水族館に訪問する客層は親子連れで、お子さんの教育を兼ねて来訪する方がいらっしゃいます。特にお爺ちゃん・お婆ちゃんは、お孫さんに何か教育につながるものをプレゼントしたいというニーズがあるため、こうした話が出てきています。
起業の経緯を教えてください
私は元々早稲田実業学校 中・高等部に通っていたので、受験勉強をせずとも、ちゃんと学校の勉強をしていたら大学に進学することができました。受験勉強をする必要がなかったので、代わりに英語をすごく勉強していたこともあり、大学入学後は留学生との関わりを持つようになりました。早稲田大学には海外からの留学生が多く、そういった人たちと一緒にコミュニケーションしたいと思って、留学生を支援するサークルに入りました。留学生と一緒に日本を回るような活動です。その際に、実は起業に興味があるという話を留学生にしたところ、それならバブソンがめちゃくちゃいいよと教えてもらったのです。
その後、早稲田大学からバブソン大学に交換留学できる機会があることを知りました。普通にバブソン大学に通えば年間1000万円ぐらいかかりますが、交換留学なら早稲田大学の学費でバブソンの授業が受けられますので、これは行くしかないなと思いました。ただ、英語の点数がそれなりに必要で、英語の勉強に取り掛かりました。大学3年生で留学するのはもう間に合わないと考えて、大学4年生で留学することにしました。大学3年生の冬には就職活動があります。私の周りはみんな就活をしていました。その中で私だけが英語の勉強をしていました。なぜ行くのだと、親も友達も、学校の先生にも反対されたことを今も覚えています。先生には、このまま就職するのが一番いいんじゃないかと言われました。こんなタイミングで留学して帰ってきて、5年生・6年生になるような人はいないよとまで諭されました。でも全部押し切ってバブソンに行って大正解でした。本当に、本当に良かったと思います。ただ、あの時が実は人生の中で一番のターニングポイントでした。本当に悩みました。
今まで奇しくも、中学、高校、そして大学と、すべてエスカレータで進んできました。中学からの友達が同じ大学に行っているわけです。周りと同じ環境で、周りと同じまま進んできました。そうした中で、全く違うことを私だけがすることには、とても不安がありました。周りに誰も同じようなことをする人がいないのです。周りと違うことをやることへの不安はずっと拭えませんでした。
そして留学してからも、それは拭えなかったのです。留学の最初の3、4ヶ月はすごくシックな感じになりました。同じ学年には日本人は私1人だけ。寮も年下との3人部屋に押し込まれて、とてもきつかったです。しかも日本の友達たちはもう就職先が決まる中で自分だけが取り残されていると感じました。すごく考えて、考えて、考えて。するとある時から「でもこれは逆に面白いな」と思い始めたのです。何がきっかけか言い当てるのは難しいのですが、視点が少しずつ変わったのでした。私は元々世界に興味がありましたし、アウトサイダーみたいな感じのアメリカ文学が好きでした。ジャック・ケルアックをはじめとするビートニク世代の作家たちの作品です。一般的な社会規範から外れていて、ロックに行こうぜ、ワイルドに行こうみたいな世界観。こうしたことが好きだったこともあり、「もう自分もそっちに行くかっ」と決めてからは早かったです。
ちょうどそんな風に考えていた時に、バブソン大でギグエコノミーという授業に出会いました。学部にはアントレプレナーシップの授業が少なかったので、MBAの授業を受けさせてもらい、そこで受けた授業でした。この授業は本当にとても面白くて、そこでノマドという概念を初めて知りました。今では日本でもノマドという言葉は広まっていますが、ギグエコノミーやノマドワーカーは、会社やオフィスに縛られることなく、いつどこでどのくらい働くかを自分で選択して働く生き方です。こうした働き方があること、そしてそれを実践している人が世界中にいることを知りました。
元々起業に興味がありましたし、周りに流されずに自分もギグワーカー、ノマドワーカーのような道でやっていこうと考えました。それまでは留学後に就職しようかなとも思っていましたので、ボストンで開催される就活イベントにも行っていました。ただ、それよりも世界中にいるノマドワーカーに直接会って、彼らの考え方を学びたいと思って、世界を回ることにしました。バブソンの交換留学が終わると同時に、日本には帰らず、NOMAD PROJECTというウェブメディアを作って、世界中にいる日本人のノマドワーカーや起業家にインタビューしていくことにしました。そして帰国後に起業しました。
どんな旅を経験されたのですか?
ボストンからまずサンフランシスコに1ヶ月ぐらい行きました。東のブルーノート、西のヨシズと言われるくらい、有名なジャズバーがサンフランシスコにあります。秋葉好江さんという方がそのバーを経営されているのですが、そのバーに行ってジャズを聞いてすごく良かったので、たまたまその場に好江さんがいらっしゃったので話を聞かせてくださいとお願いしたところ、翌日うちに来ないかと言っていただいたのです。
翌日伺ってみると、そこはお寺でした。好江さんの旦那様が秋葉玄吾さんという方で、好人庵というお寺の和尚さんでした。あのスティーブ・ジョブズも信頼を寄せた禅の和尚さんです。そこから、なぜか2週間ずっとそこのお寺にお世話になることになりました。住ませていただくだけでなく、食事までご馳走になりました。禅もそこで教わりました。本当にお世話になりました。
サンフランシスコの後は東南アジアへ飛びました。シンガポールから始まり、マレーシア、タイなどを回って、ヨーロッパへ。オーストリアで起業イベントがあったので、イベントに参加した後、ヨーロッパを回りました。そしてブラジルに行きました。
ブラジルは、島耕作の作者である弘兼先生と早稲田のMBAで起業に関して教鞭をとっている東出教授とご一緒しました。きっかけは私が留学中に東出先生がバブソンに来た際にお手伝いをしたことです。上場企業の社長を3名連れてバブソンに来られたのですが、その人たちの翻訳のお手伝いをするために、滞在中に同行させてもらったのです。そうしたご縁があり、東出先生が弘兼先生を連れてブラジルを回るときに、私も参加させてもらいました。ブラジルにいる日本人の起業家たちに会わせてもらいました。
帰国されてからどのように起業されたのですか?
実は帰国して起業したのは別の会社でした。TABI LABOという会社です。世界を回って色々な人にインタビューして、その情報を日本の特に若い人たちに届けようと取り組んだのですが、なかなかそれが伝わりきれていなかったので、もっとそういうことに取り組めるメディアを作りたいと思いました。ちょうどその頃アメリカでBuzzFeedやハフィントンポスト(現ハフポスト)がSNSを使ったキュレーションメディアを展開していたのですが、日本では見当たらなかったので、自分ができそうだと思って立ち上げました。
この会社は5人でスタートしました。大学の後輩、たまたま知り合った人、帰国後に呼んでもらって講演した場所で知り合った人たちです。メディアはコンテンツが命。タイミングが良かったこともあり、公開して半年でたくさん見ていただけるメディアになりました。最初は自己資金だけでやっていたのですが、途中からは資金調達も力を入れていました。最初のタイミングでは投資家の方々は、世界中で知り合った起業家の方々に紹介いただきました。ただこの会社が5年目を迎えた時に、私はこの会社を去ることにし、別の会社を作ることにしたのです。
今の会社の起業の経緯を教えてください
私は旅に興味があったこともあり、TABI LABOを立ち上げました。名前にもそれが現れていると思います。ただ、経営をしていく中で、方向性が変わってきてしまいました。それでもう一度自分の原点に戻って、旅に注力することにしました。そこで立ち上げたのがON THE TRIP。
メンバーは30人程いますが、多くは業務委託形態で働いてもらっています。創業メンバーの志賀は、大手広告代理店をやめて一緒に旅をしながら働くことを決めてくれました。コピーライターの彼とは、オフでよく一緒に旅をしました。キャンピングカーに乗りながら、何か面白いことしたいねって話していたのです。キャンピングカーに乗ってあちこち回りながら取り組める仕事を作れないものかと考えていたので、キャンピングカーでできる仕事を作ったのが今の会社です。
オフィスはキャンピングカー。この車に住みながら、日本中を転々として、既にお話ししたようなお寺や神社、美術館、街全体のオーディオガイドを作ったり、観光施設のブランディングをしたりしています。オフィスも持たずに、ノマド的な感じであちこち回っていく。もう遊びですよね。ただ私が好きなアメリカ文学の世界観もまさにこの様なものなのです。
経営する上で大切にしていることはありますか?
私が他の経営者の方々と違うのは、売上や会社の規模の拡大を追いかけるのではなく、もっと楽しいこと、自分たちがやりたいことを本当にやり続けていくことに興味がある点です。それに取り組むことによって、メンバーそれぞれの個性が生きて、社会にインパクトを与えていく。そういうものを作っていきたいなと思っています。
もう一つは、健康に気を遣っていることです。今の会社を始めて、キャンピングカーで暮らし始めたら、健康的でいることがいかに大事かということが身に沁みました。キャンピングカーの中は、夏はとても暑く、冬は本当に寒いんです。たとえば夏の場合、毎朝5時に暑さで目が覚めます。その後ソーラーパネルに太陽光を集めるために、陽の出る場所を探すのですが、普段に陽の出る場所なんて意識しないじゃないですか。都会のビル群にいると、太陽がどこから出てくるかパッと分からないものです。車を止めてちょっと窓を開けてみると、風が気持ちよくて、周りの花を見ていると、それだけで生きているって幸せだなと思う。こうした体験がきっかけとなって、改めて自分の心と体にちゃんと向き合いながらやっていこうと思い始めました。
そこから健康のことを真剣に考え始めました。食事に気をつけたり、毎日お風呂に2回入って温冷浴をやったりしています。健康に意識を向けていくと、体が整った状態になり、体からだるさが消えました。全てがクリアに見えてくるというか、世界が光り輝いて見えてくるのです。そこに旅が相まると、美しい情報が入ってくる感覚を得られます。体が健康になればなるほど、心が豊かになっていき、アイデアもどんどんと広がっていきます。体も身軽になり、移動もしやすくなります。そうするとまた旅にたくさん出られるようになる。こうしたすごく良い循環を実現することができています。
最後にこれからの取り組みを教えてください
今年からは日本だけでなく、海外の観光施設も取り組んでいこうと思っています。最初は遊びでその場所に行くのですが、そこから人とのつながりが広がって仕事になっていくことが多いです。旅先で出会った人たちと、その土地や施設の良さをちゃんと伝えた方がいいと思うこと、こんなコンテンツを作ってみてはどうかといった話をしていくうちに盛り上がって、気づけば仕事になっていくのです。
他には、興味が向いているのが子ども向けのコンテンツ。心と体と精神面の健康に向き合うことのできる施設づくりや、世界中に場所を持つことにも興味があります。
とにかく健康でいながら、身軽に自分の心がやりたいことをやり続けていくこと。そして忙しくしすぎず、時間持ちになっていながら引き続き世界を旅していこうと思っています。
如何だったでしょうか。本サイトでは、「私も一歩踏み出してみよう」と思える。挑戦者の行動を後押しする記事をご紹介しています。
次回の記事もお楽しみに!
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