日本とアメリカの架け橋:ワシントンで通商政策を牽引してきた海野有里さんの軌跡 挑戦者-Vol.22 –

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今回、約25年間にわたって北米トヨタで通商・サプライチェーン政策の最前線を担い、現在はコンサルティング会社「Penn Quarter Consulting」の代表、さらにはCSIS(Center for Strategic and International Studies )の非常勤フェローとして活躍されている海野有里さんにインタビューを行いました。

Q1. まずは簡単な自己紹介をお願いします。

私は高校時代をイギリスで過ごした後、アメリカのペンシルバニアの大学に進学しました。専攻は政治と経済のダブルメジャーでした。大学卒業後はそのまま大学院に進み、ワシントンDCで国際関係を学びました。国際関係の修士を取得したので、国際関係の仕事に関わる仕事に就きたいと思い、まずは経済・金融系のコンサルティング会社に入りました。そこでは投資家向けにアメリカの財政政策や金融政策、東京市場に関する動向分析サポートをしていました。2年間ほど勤めた後に北米トヨタに転職、以降はずっと政府渉外のプロとしてキャリアを築いてきました。

日本とアメリカの架け橋:ワシントンで通商政策を牽引してきた海野有里さんの軌跡 挑戦者-Vol.22 -

Q2. トヨタではどのような仕事をされ、ロビイストとしてのキャリアはどう始まったのでしょうか?仕事をする中で一番印象的だった出来事を教えてください。

トヨタを選んだのは日本人のバックグラウンドを活かしたいと思ったからです。アメリカには通商に関わる多国籍企業が多数ありますが、日系企業であるトヨタで、アメリカと日本をつなぐ役割を担えるのではと感じました。入社当初は、日本から派遣されてくる駐在員のポジションをアメリカ人で現地化する(ローカライズ)というミッションの下、現地採用枠として入社しました。業務内容としては日本人駐在員と同様に、当初は日米間の社内調整が中心でした。また、通商担当として、通商交渉においては会社の窓口として、社内や業界内の政策調整やアメリカ政府との交渉連絡をしていました。しかし、ロビイスト登録が必要となる、議会でのロビングはしていませんでした。ところが、その後14年ほど前に着任した新しいアメリカ人のワシントン事務所所長がやってきた時、こう聞かれます、
「なんでお前はロビイングをしないのだ?」
その新しい上司は「通商の専門家であれば、自らが通商関連法案に関してはロビー活動もするべきだ」という考えを持っていました。
実際、ワシントンDCではロビイストには2種類のタイプがいます。
① 専門性タイプ:通商や環境などの専門知識を持ち、自らの知見でロビイングを行う
② コネクションタイプ:専門知識はないが、議会に顔が利くネットワーカーとして活動する
通商分野で活躍しているロビイストは主に前者のタイプです。にもかかわらず、それまでの北米トヨタは「我々は日本企業でなく、アメリカ人がアメリカで車を生産するアメリカ企業」というメッセージを送るため、「日本人はロビイングをしない」ルールでした。そのため、実際のロビー活動はすべてアメリカ人が担当していました。しかし、その上司は「トヨタの本社が日本だと知らない議員はいないのだから、日本人のロビイストがいてもいいじゃないか」と述べ、ロビイングを担当することになりました。北米トヨタには連邦ロビイストが8人、州のロビイストは5名在籍していますが、今も昔唯一の日本人ロビイストは私だけでした。
こうしてロビイング活動をすることになりましたが、そもそもロビイストになる人は、大抵元議会スタッフだった人です。私は大学時代にペンシルバニア選出議員の事務所でインターンをしていたことはありますが、議会での経験は非常に限られていました。そのため、元々議会で働いてネットワークが広い他のロビイストと違い、議会のネットワークを広げていくのは大変でした。また、当時議会も議員スタッフもやはり白人の世界、東洋人は黒人やヒスパニックと比べても非常に少なく、人種差別を感じる時もありました。
数々の通商関連のロビイングをしましたが、その中でも特に印象に残っている活動は、トヨタが韓国向けに輸出した商品に関する関税問題の対応でした。韓国側が日本企業であるトヨタの自動車が、米韓自由貿易協定の無関税対象にはならないとし、無関税での輸入を拒否しようとしました。この時、トヨタはGMやフォードより多くの自動車をアメリカから韓国へ輸出しており、その数は最大の台数を誇っていました。当時オバマ大統領は、米国輸出を5年間で2倍にするという目標を上げていました。本件は米国産の輸出の話なので、これはトヨタも米国企業として米国政府から助けてもらえるのではと私は考えました。そのため、アメリカ政府の担当者と連日交渉、ワシントンの韓国大使館や、現地へ直接赴いてソウルのアメリカ大使館と連携、交渉に成功することができました。
また、USMCA (the United States, Mexico, Canada Agreement)「米国・メキシコ・カナダ協定」の通商交渉では会社の窓口となり、社内の調整、米政府との連日交渉をした事は今でも貴重な経験であったと思っています。

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Q3. トヨタを退職して、Penn Quarter Consulting を創設した経緯を教えてください。

退職のきっかけは、ハーバード・ビジネススクールで受講した1週間のリーダーシップ講座でした。そこで「自分の北極星は何か?人生の本当に望む方向に向かっているか?」という問いを深く考える機会がありました。私は元々日本とアメリカの橋渡しになりたいと思っていたために渡米しました。しかし、ロビイストとして活躍するようになってからは、すっかり日米関係の仕事はなくなっていました。北米トヨタのロビイング・チームはローカライズが進み、アメリカ政府や議会とどれだけ渡り合える事が重要でした。そのため日本人であるという強みを活かせる部署ではなくなっていました。自分のキャリアを振り返ったときに、もっと日本に関係のある仕事をしたいと再度思い出したタイミングで、会社が早期退職制度を発表。これは人生を見直すチャンスだと思い、思い切って退職を決意しました。

ワシントンDCには多くの日本企業の駐在拠点がありますが、通常、駐在所長は日本の本社から派遣され、アメリカの政策・議会・組織の仕組みをマスターしかけた頃に帰任することが多いです。外部のアメリカ系コンサルに依頼をしても、彼らの本質的な助言や日系企業の特性への理解が不足しており、高い報酬を支払っても得られる成果が乏しいのではと感じました。そこで、ワシントンという特殊な政治都市で、日本企業がもっと効果的に動くための橋渡し役ができたらと考えて、Penn Quarter Consulting を立ち上げました。

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Q4. Penn Quarter Consulting ではどんな活動を行っていますか?また、CSISでのポジションについても教えてください。

Penn Quarter Consulting の目的は、ワシントンに拠点を持つ日本企業を主な対象とし、これまで培ったネットワークと政策実務の経験を活かして、政策対応支援やネットワーキングの構築支援、戦略提言などを行う事です。トヨタ時代、国際法や通商関連の法律に関する深い理解が求められたため、アメリカの法案や法案、国際的な貿易協定(WTO協定、TPP、USMCAなど)を繰り返し読むことで、自分の専門性を磨きました。その経験を活かし、クライアントや議会に対して、「誰に・どのタイミングで・どのような形で情報をとどけるべきか」、といった実践的で戦略的なコミュニケーション支援を心がけています。

ネットワークの構築も私が力をいれている重要な活動になります。毎日のように政策イベント、政財界の集まり、講演、セミナーなどに参加・登壇して、直接対面でのネットワーキングを地道に継続しています。やはり、個人的な信頼関係のある相手には、政府関係者でも迅速かつ真摯に対応してくれることが多いので、その積み重ねが極めて大切だと思っています。
意外なところでは「趣味の場」もビジネスのネットワークづくりのチャンスとなっています。私はズンバのインストラクターをしているのですが、仕事関係の方達もクラスに参加してくださります。心も体もリフレッシュされるだけでなく、カジュアルなコミュニケーションをきっかけに、更なる信頼関係の構築やビジネスチャンスの起点になると実感しています。
加えて、CSIS(Center for Strategic and International Studies)では非常勤フェローとして経済保障とテクノロジー部門に所属し、通商や国際経済に関する分析や寄稿、講演、イベント参加などを通じて貢献しています。非常勤ではありますが、国際政治・通商といった専門分野を活かした記事の執筆や政策討論の場への登壇を通して、アカデミックと実務をつなぐ橋渡しの役割を担えればと思っています。

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Q5. 長年のキャリアを通じて大切にされてきた価値観や信念、今後の展望があったら教えてください

私自身、長年ロビー活動に携わってきましたが、日本人で本格的にロビイストとして活動してきた人はほとんど見かけません。特に、私のように長期間にわたってアメリカ連邦議会に出入りして、議員の方々と直接関係を築いてきた人間は、かなり稀有な存在だと思います。トヨタで働いていた頃から、企業の立場から政策にどう関与していくか、どのように議会と向き合っていくか、という点について非常に実践的な経験を積ませていただきました。そうした中で「企業の声をどう適切に政策の場に届けるか」ということの大切さを強く実感してきました。そのような背景もあり、今後は、ワシントンに進出している日本企業が、アメリカの政治・政策の中でより効果的に立ち回るサポートをしていきたいと考えています。もちろん、大企業でなければ政府への影響力も限られる部分はありますが、それでも正しい情報を、正しいタイミングで、適切な形で届ける努力をすれば、影響を与えることは可能です。

これから私は、日本とアメリカの架け橋になることをライフワークにしようと思っています。そこで感じるのは、日本国内にいる方々が持っている「ワシントンのイメージ」と、現場で実際に見ているワシントンに乖離があることです。今後も自分のビジネスやシンクタンク(CSIS)でのイベント登壇などを通して知見を発信し、可能な限り日本関係者にも共有して日本企業が国際政治の文脈を理解する助けになればと思っています。

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Q6. 日本人がグローバルで活躍するために大切なことは?また、これから挑戦する人々へメッセージをお願いします!

自分の意見を持って中身のある議論をしっかり発言することですね。日本人は謙虚な文化があるので、つい一歩引いてしまいがちですが、海外ではそれが通用しません。英語が多少たどたどしくても堂々と主張するべきだと思います。英語力も大事ですが、それ以上に大事なのは「中身のある発言」と「自信を持った行動」だと思います!考えが同じみんな様と今後も輝ける日本を世界に発信していければと思います。
最後にワシントン日本商工会に寄稿した私の記事を共有します。
(Website: https://www.jcaw.org/_files/ugd/782c15_915c4929f05d4922b7668f5bb5b8b05c.pdf)

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如何だったでしょうか。本サイトでは、「私も一歩踏み出してみよう」と思える。挑戦者の行動を後押しする記事をご紹介しています。

次回の記事もお楽しみに!

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